浮世絵

喜多川歌麿
「金太郎と山姥 髪すき」
享和期(1801~04)
山城屋藤右衛門 大判 錦絵

足柄山の山姥が、赤竜に通じて生んだ子どもとされる金太郎を描く。山姥を醜悪な老女の姿ではなく、妖艶な美人として描いている点に歌麿の魅力が溢れている。

葛飾北斎 「冨嶽三十六景 凱風快晴」
文政末年頃(1830) 西村屋与八 大判 錦絵

凱風とは南風のこと。通称「赤富士」。赤富士は夏の季語。太陽を受けて、溶岩大地が暗赤色に染まる現象である。画中に人物を一人も配さずに、富士のみを描いた傑作である。

初代歌川豊国「六郷渡舟図」
文化9~11年(1812~14)山本久兵衛 大判三枚続 錦絵

川崎の六郷の渡は、東海道を旅する人々はもちろん、川崎大師へ参詣する人々でも賑わった。一泊あるいは日帰りの物見遊山が可能で、女性たちにも人気があった。

歌川国貞(三代目歌川豊国)
「本朝高名鑑 文覚上人」
天保期(1830~44)
上州屋金蔵 大判 錦絵

那智の滝で荒行をし、高僧と称された文覚上人。凄まじい形相、独鈷鈴を握る腕の隆々とした筋肉、迫力のある存在感である。飛沫や岩肌の荒々しい表現は、北斎の『和漢絵本魁』にも見られる。

歌川国芳「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」
嘉永3~5年(1850~52)住吉屋政五郎 大判三枚続 錦絵

曲亭馬琴の読本『椿説弓張月』に取材。暴風雨にあった為朝の妻白縫姫は海を沈めるために入水、自決しようとする為朝を讃岐院の眷属である烏天狗が助け、臣下の喜平治が為朝子昇天丸を抱き巨大な鰐鮫により救われる、大スペクタクルがこの一図に展開する。

歌川国貞(三代目歌川豊国)「桜下吉原仲之町賑之図」
文化期(1804~18) 紙本着色 一巻(部分)

吉原のメインストリート仲之町の賑わいを描いた肉筆浮世絵。画面左が吉原への唯一の出入口となる大門、中央の通りが仲之町で、135間(約245m)の長さがあった。この桜は、満開の時だけ植えられて、花が散ると撤去される。遊里に生きる女たちの運命を象徴するかのような桜である。

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